スーパーチョップス認定クリニシャンとジレンマ

前項で述べたとおり

さまざまな疑問の数々を解決することもできないまま、、、

1990年9月15日、
私はSuperchopsの認定クリニシャンになってしまいました。

以下、認定クリニシャンになってから数年間のレッスン活動などについて
お話しようと思います。

まずレッスン方法については、

私がそれ以前までにやっていたようなレッスン内容(*)はほとんどせずに、ジェロームがニューヨークでやっているやり方と全く同じにしました。
(一応、認定クリニシャンなので・・・その方がいいのかなぁと最初は思って)

(*)1日16〜17時間の練習を約3年間つづけていた頃の要素を盛り込んだ内容

アンブシュアのセッティングに重点をおき、息の圧力を捉え唇が最も効率よく振動できるようになった状態を認識してもらえるように一応は努力しました。

しかし結果は、ジェロームが来た時とほとんど変わらなかった。

結局、生徒さんでは上手くいかないので、私が吹いて見せることになります(ジェロームがやっていたのと同じように・・・)。必要性があってもなくても・・・(たぶん、必要なかったと今は思うが・・・)

“レッスン=極端に高い音を大音量で吹いて見せること”

のようになってしまっていた。


純粋な気持ちでハイノート等にあこがれている方と一部の楽器店の方には、非常に喜んで(驚いて)いただけたデモンストレーションでしたが、ある程度以上のレベルで吹ける方や少しハイノートが得意な方からは、かなりの反感をかっていたようだ。

当時の私のレッスンを知っている方々の評判は、かなり劣悪なものだったようである。
(十年以上経ってから、人伝に聞かされましたが・・・ショックでした。)


今にして振り返ると、弱者を攻撃する強者のごとき態度・・・これでは、まるで“イジメ”も同然で、ケンカの前に、瓦や板を割って見せて脅かしているようなデモンストレーションだったと思う。
(注意:今現在は、決してそのようなことはございません。誤解のないようお願いいたします。)


今でこそ反省していますが・・・当時の私はいい気になってこういうレッスンを続けておりました。

また、ハイノートという看板を掲げればいい集客ネタになるというので、大阪はもちろん(地元なので)、群馬・東京・長野・石川・福岡などの楽器店に定期的に毎月1回(一部の地域は2回)レッスンに出掛けていったりしていた。

各地で非常にたくさんの人が集まったが、、、一日最高で朝9時〜夜11時半の間に18人のレッスンをやったこともあった(群馬で)。

しかし、

実質的にレッスンとして殆んど成立せず、上述のデモンストレーションに終始していた。かなりの体力的消耗があったことも言うまでもない。


そんなレッスン活動をしばらくの間続けていたある時、自分自身のコンディションにある変化が生じていることに気が付いたのだった。

少しずつではあるが、自分が出せる音域が狭くなってき始めたのだ。

音域が狭くなったといっても、あくまでも自分の限界点であってレッスンのデモンストレーションで使っていた音域として考えれば、まだ余裕があったし他人にバレることもなかったので
最初のうちはあまり気にすることはなかった。単なる一時的な過労の一種かと思っていた。

しかし、着実に音域が下がっていった・・・

とうとう自分の限界点がレッスンのデモンストレーションの最高音と一致するまでになった。
(結果的に元々の自分の限界点からおよそ四度ほど音域が下がってしまった。)

さすがにこの状況では暢気に構えることはできなくなった。いろいろと考えるようになった、というか考えざるを得なかったのだ。


まず、認定クリニシャンになる前となってからで私はどう変化したのかを考えることにした。

一番大きく変化したことは、ジェロームに出会うまでにやってきた日課練習等の絶対量が徐々に少なくなっていったことであろう。

ニューヨークに行くまでは、1日16〜17時間の練習を約3年間つづけていたということは、前の方の項でも少し述べましたが、、、

その苦労とは別物でジェロームのアプローチのみで私の成果があがったのだと思い込んでいたので、それまで積み重ねてきたトレーニングを怠りつつあったのだ。

とはいえ、ジェロームに弟子入りしてからも渡米してレッスンを受け続けている最中はやっていないが、日本に帰ってからは可能な限りの日課練習は怠ることなくやっていた。

完全に怠り始めたのは、認定クリニシャンになってからなのである。


私は、ジェロームのSuperchopsにおいて想像以上の成果をあげることができ認定クリニシャンになることができたのは、もしかすると、ジェロームに出会う以前の積み重ねのおかげなのではないかと考えるようになった。

考えてみれば、私は、ジェロームのところで楽にサウンドが大きく改善されたのは確かだが、鳴らなかったハイノートが初めて鳴るようになったわけではないのだ。既に吹けるようになっていたのだ。また、トランペットを演奏するためのいろいろな技術もある程度以上習得してからジェロームに弟子入りしたのである。

ピエール・ティボーがその昔、ジェローム宅に下宿しながらレッスンを受けていたというふうに聞いていたが・・・

ピエール・ティボーもべつに何も吹けないところからジェロームのアプローチだけで吹けるようになったわけではないハズなのである。つまり、ジェロームのところへ来た時、既に(名を馳せた)ピエール・ティボーであったに違いないのだ。

その高度な技能を持った人(ティボー)が“これは利用できるぞ”と判断して、ジェロームのアプローチを習得しよう(盗もう)とレッスンを受けていたに過ぎないのだ(あくまでも私の推測ですが・・・)。


いろいろ考えてみたが、このように考えるとつじつまが合ってくるのだ。


次に私は、自分の原点にまでさかのぼり、金管の奏法に関してあらゆる角度から検証し直してみることにしました。その結果、いろいろなことが私の頭の中で整理することができたのである。

舌の働きによって吐き出す息の圧力を変化させることにより、はじめて音程を上下させることができる。アンブシュアは息にたいして振動の媒体に過ぎないので、アンブシュアだけで音程の上下をつくりだすことができない。

つまり、Superchopsで息の圧力の束を受けとめより効率よくアンブシュアを機能させることはできるが、ハイノートそのものをつくりだすということは不可能なのである。(ハイノートを吹くには、それ相応の息の圧力の調節を会得しなければならないのだ)

やはり、息の圧力の調節があってこそのSuperchopsなのだ!!

このことは同時に、ジェロームが来日した時に受講した人たちや私が認定クリニシャンになってからレッスンをおこなった人たちの成果があがらなかった原因にも通じていたわけです。

自分の原点にまでさかのぼり
金管奏法に関してあらゆる角度から検証し直した結果、

“やはり、息の圧力の調節があってこそのSuperchopsなのだ!!”

という結論に達し、

私は、
巷に出回ってしまったSuperchopsにたいする誤解をなんとか払拭すべく
対策を講じなければなりませんでした。

まず最初に、Superchopsは“ハイノートを開発するための奏法ではない”ということを理解してもらわなければなりません。

しかしながら、当時、ジェローム・カレや私がやっていたデモンストレーションを見れば誰もがハイノートを吹くためのものだと解釈されてもおかしくないと思う筈である。(ジェロームは今もやっているが・・・でも、以前より減っていると思う)

本当は、吐き出す息の圧力の束を受けとめ唇により効率の良い振動が得られるようにするためのもので、したがって全音域にわたってサウンドが劇的に改善されるというのがSuperchopsの真骨頂といえるべきものなのである。

全音域にわたっているので当然ハイノートもそれに含まれなくもないが・・・多くの人々の関心とも重なってどうしてもハイノートのための奏法と見られがちなのである。

また、周りの人より少しハイノートを吹くことが得意な人の中からは、「私は、初めからSuperchopsで吹いている」と大真面目に言い切ってしまう方も現われたりして・・・(汗;)。

生まれつき(骨格、口腔内の形、歯並び、噛み合わせ、舌の大きさ等)高い息の圧力を出しやすい人がたまにいますが、ただ単に高い音が出しやすいのであって息の圧力の調節が必ずしも身についているとは限らず、こういった方の場合、中低音域を吹くための息の圧力の調節にむしろ課題がある場合が多く、平均的に息の圧力の調節が上達することによって、本来得意であった高音域も含め全音域にわたって更に改善しやすくなるのです。


それから、Superchopsは“大きな音量でしか効果を発揮することができないことはない”ということも、理解してもらわなければなりません。

“吐き出す息の圧力の束”という表現からどうしても強い圧力の束で大きな音というふうに勝手に連想され、「フォルテッシモは出せてもピアニッシモでは使えない」等と言われてしまいがちでしたが、弱い圧力の束で小さな音というのも実際問題、存在するのです。

息の圧力の調節をある程度マスターできている状態を前提として、唇により効率の良い振動が得られるようになることでサウンドの改善と向上をはかることこそが、Superchops本来の領域なのです。



そこで私は、大音量でのハイノートのデモンストレーションに封印をすることに決心いたしました。

レッスンにおいて、私は生徒さんが鳴らせないような音域は一切使わないようにしたのです。

生徒さんが鳴らせないような高い音を吹いて聞かせるようなデモンストレーションをすれば、確かにある意味で凄さを見せつけることは簡単なのだが・・・しかしそれは本当にクオリティが高いサウンドなのかどうかわからないのだ。

逆に、生徒さんが当たり前のように吹くことができる音域の音を一緒に吹きながらサウンドの質の違いを本当に見せることができるほうが、本当の意味においてクオリティが高いのではないかと考えたのです。

生徒さんのレベルに目線を合わせ、吹ける音域の範囲内からスタートして吐き出す息の圧力調節の幅を拡げていけるように仕向けて生徒さんの上達の過程に付き合いながらも、私自身には、常にクオリティの高いサウンドを吹き示すことができるのかどうかというハードルを同時に課すことで、教える立場と習う立場の違いこそあれ、現在の竹浦塾の基本理念の原形である“本当の意味における共に学び競い合うという状況”が成立しバランスが取れるのではないかと考えたのです。

このように口では簡単に言うことができますが・・・実際にクオリティの高いサウンドを常に維持するのは実に大変で・・・今現在も苦労の連続です。(ハイノートのデモンストレーションより遥かに難しいです。)


一般的にハイノート等の偏った要素だけを捉えて世間の注目を集めているような奏法は、たとえば軽業的テクニックや薄っぺらで安っぽい破壊力などを強調しすぎているように見受けられる。

(Superchopsは、断じてこのように認識されてはならないと私は思っている!!)

一般的によく見られる光景であるが・・・レヴェルの低い初級者に対し、圧倒的(威圧的)なデモンストレーションを見せ付けようとする上級者ではイジメも同然である。真の意味における上級者とは、初級者を自分と同じ高さのレヴェルまで惜しげもなく引き上げてやろうとすることが出来る器の持ち主のことをいうのではないかと思う。(できれば私は、そうなりたい!)
逆に初級者は、それによって自分よりレヴェルの高い者を目指して練習することで自分自身の技術や音楽性をより進歩させることが出来るのである。
より向上心のあるトランペット(金管)奏者ならば、いつでも自分よりレヴェルの高い者がいるということに気付かなければならないと思う。それは自分よりレヴェルの低い者たちへの寛大さを持つことにも通じ、また目標とされる存在になれるということにも通じていると思う。

以上が、現在の喇叭吹奏道竹浦塾の基本理念の原型であります。

このようにして、

提唱者のジェローム・カレとは真逆のアプローチ方法を取る
Superchops認定クリニシャンが誕生し、
本当の意味における奏法への取り組みが始まったのでした。





“ジェローム・カレのSuperchops”について取り組むにあたっては
その息の圧力変化が大前提になってきます。
(つまりSuperchopsは、実はその先の要素であるわけです。)

しかしながら、
ジェローム・カレのSuperchopsの教本には、
アンブシュアのセッティングについて様々な記述がされているが、
大前提である息の調節に関しては、ほとんどと言っていいほど説明がない。
(どちらかといえば、“息の調節はあたりまえ”という前提で書かれています。)



Superchopsとは、
調節されている吐き出す息の圧力の束を受けとめ、
最も効率よく振動が得られるような態勢で
さらに圧搾するような状態(あるいは感覚)のアンブシュアのことです。

したがって、

いくらアンブシュアのセッティングでSuperchopsだけを意識したところで、
吐き出す息の圧力の調節が身についていなければ何の効果も発揮できないのです。
これが、『息の圧力の調節があってこそのSuperchopsなのだ!!』という理由です。



前にも述べていることと何回も重複しますが・・・

息の圧力の調節(音の上げ下げ等)は、舌でおこなうものです。
唇でおこなうものではありません。
いくらSuperchopsといえどもその例外ではありません。

ということは・・・

一般的にSuperchopsは、
ハイノートを吹くための奏法であると認識されているようだが、
実はそうではないということもご理解いただけると思います。

ハイノートを吹くための圧力を出せない人が、
Superchopsだけに取り組んでも、
自分自身が鳴らしたことがないようなハイノートを
吹くことができるようにはなりません。
(要するに、その人が調節できる圧力の範囲内の音域まで
しか吹くことが出来ないということです。)


結局のところSuperchopsのアンブシュアは、
その息の圧力の束をただ受け止めているだけで
効率の良い振動が得られるよう圧搾しているに過ぎないのです。



実は、

この事はジェローム・カレ氏自身も当初自覚がなかったようです。
(なんせ“息の調節はあたりまえ”という前提で話している位ですから・・・)

私は、1990年にこのSuperchopsの認定クリニシャンになってこの問題に突き当ってから何年にもわたって何回も何回も、ジェロームに訴えてきました。

『息の圧力を調節する能力がある程度以上、身についていなければ生徒にSuperchopsをマスターさせるのは困難なのではないか?』

『あなたの言っている唇でつくりだす抵抗と吐き出す息の圧力の調節は、本来別々にコントロールされているものなのでは?』

『Superchopsで音域が拡がりハイノートがなるようになるわけではないのでは?』

等々、多くの意見をぶつけてきました。


最初の頃は、なかなか受け入れてはもらえませんでした。
私がアメリカに行っても、ジェロームが日本に来ても意見の衝突が絶えませんでした。

私は、過去3回ジェロームを日本に招聘しましたが・・・
2回目、3回目と来日するたびにこの意見の衝突がひどくなっていった記憶があります。


=====(ジェロームとの会話:ここから)=====

JC:『そもそも同じSuperchopsを教える者同士なのに、最近その教え方や考え方に食い違いを感じる。まるでクラウド・ゴードンのようなことを言ったりしているし・・・』

私:『Superchopsをマスターするためには、その前に息の圧力を調節する能力を身につけなければならないからです。息の調節に関してゴードンは自然の摂理に従った考えを持っていて賛同できると思うからです。』

JC:『お前は、ゴードンのクリニシャンなのか、それともSuperchopsのクリニシャンなのか、どっちだ?』

私:『私は、Superchopsのクリニシャンです。』

JC:『お前は、私の意見よりゴードンの意見に耳を傾けている・・・もはやお前は認定クリニシャンとして相応しくないのではないかと考え始めている。』

私:『Superchopsでカバーできる範囲とそれ以前に出来ていなければならないことを区別しているだけで、なにもゴードンを崇拝しているわけではありません。トランペットの演奏の要素をなにもかもSuperchopsで賄えると主張する方が、むしろ傲慢だと思う。相応しくないと言うなら、いつでも返上してやる!!』

等々・・・

=====(ジェロームとの会話:ここまで)=====


ジェロームが来日中、毎日のようにこのようなやり取りが繰り広げられていました。


その反面、ジェロームは、大阪の私のスタジオでのプライベート・レッスンをやっていた時の合間の休憩時間に私の本棚からクラウド・ゴードンの著書を取りだし、必死に読み漁っていたりもしていたのでした。


その後、徐々に・・・ジェロームの教え方にも変化が生じ、舌のことを言うようになってきた。

ジェローム・カレ氏は、2002年に新たに教則本を出版した。タイトルは、“TRUMPET SECRETS(トランペットの秘密)”というものでした。(ナント!“秘密”なのだそうです!!)


                  

ジェロームは、この本の中でSuperchopsのことを“タング・コントロールド・アンブシュア”として説明している。

『本書で扱う様々な原理のうちで最も中心的で重要なのは、強力で効率の良いアンブシュアの形成において舌の果たす役割を理解することだ〜。(TRUMPET SECRETSより)』のような考え方に変化したのだ!

この人(ジェローム)にとって、舌でコントロールするのはあくまでもアンブシュアのようなのだが・・・
(本当は、舌で息の圧力をコントロールする筈なのに・・・)

でも、私からしてみれば・・・あの頑固おやじ(*)がもう充分に折れてくれて、私の意見に歩み寄ってくれたのだと解釈しているのです。


結局、“息の圧力を調節できる”ことが何より大事であるということなのです。

Superchopsでサウンドを向上させるのと同時に音域も拡大させたいと考えるのであれば、舌を使って“息の圧力を調節する能力を高める”ことを怠らないようにすべきだと私は思います。



余談ですが・・・

私は、このジェロームの“Trumpet Secrets(トランペットの秘密)”に逆らって、私のホームページの奏法に関するエッセイ集(下記のURL)のタイトルを

“There are no secrets to brass playing!(金管奏法に秘密なし!)”

にしました!

http://www.rappa.co.jp/brassplaying.html

私は、とことん頑固おやじ(*)に逆らう親不孝息子なのです(笑)!!




これまでに私は、ジェロームに対してレッスン方法や著作物における記述に関して、数々のダメ出しをしてきました。具体的な内容については、ここでは省かせていただきますが・・・

ジェロームなりに考えた末にこのような表現に変化していったのだと思うが・・・より論理的になった部分もなくはないが、まだまだ感覚的な表現が多いような気がします。まだまだ文章的課題が多く残っていると思いますが、ある意味で頑固おやじ(*)の限界かなぁとも私は感じます。

(*)注:私にとってジェロームはアメリカにおける父親のような存在です。だから、いつでも実の父親のように本音で言いたいことが言えるのです。

クラウド・ゴードンの著書には、
息の調節を習得するための解説や課題(あるいはヒント)が豊富にあります!


クラウド・ゴードンの著書
『Brass Playing Is No Harder Than Deep Breathing』
(原書:カール・フィッシャー版)の29ページに

問題を抱えた若き日のクラウド・ゴードン(1936年)が
ハーバート・クラークに送った手紙に対する返事が紹介されていて、
その内容は、実に興味深いものであると思う。

以下に日本語訳(注※:杉山氏の訳ではない)をご紹介する。

(注※)
私は、杉山正氏が本書を日本語訳したとされる『金管演奏の原理』を
所有しておりません。また、見た(読んだ)こともありません。
私が所有し読み勉強したモノは、ゴードン氏の原書(英文)であり、
杉山氏の訳など一切引用しておりません。
(念のため誤解のないように願います。)



=====(ゴードンに送ったクラークの返事の訳:ここから)=====

1936年10月2日
モンタナ州グレートフォールズ
クラウド・ゴードン 様

Dear Mr.Gordon:

9月25日付けのお手紙はこちらで受け取りました。
私は現在ポモナ市で開催されているロサンゼルス郡祭に仕事できており、
来週の月曜日には戻る予定です。

あなたがコルネットを吹くのを見たり聞いたりすることができないため、
何をするべきかについて助言を差し上げることはできません。
しかし、マウスピースの位置が下唇の方に移動したのであっても、
以前と同じように楽に上手に吹けるのであれば、
たとえ誰かに間違っていると言われたとしても、
心配することはないではありませんか。

私自身も今までに何度も吹き方を変えてきました。
他人の意見は気にせずに、
能力を向上させながら楽に吹けるように努力してきたのです。

成功の秘訣は、
自分が進歩するためには“どのように、いつ、何を練習するべきか”を
理解することです。

(The secret of success is knowing just HOW to practice, WHEN and WHAT, to improve.)

まず最初に息を調節する能力を身に付けてください。
これは金管楽器の練習の98%を占めています。
次に適切な練習で唇の筋肉を強化すること。
筋肉を強化して指が柔軟に動くようになったら、
テクニック等は最も簡単に習得できます。

コルネットは唇で吹くものではありません。
唇は振動の媒体にすぎないのであって、酷使してはいけません。
唇が疲労した時には練習してはいけません。
頻繁に休憩を取ってください。
“破壊するのではなく、鍛えていく”のです。

以上の僅かばかりの提案がお役に立てば幸いです。ご成功をお祈りします。

Sincerely yours,
HARBERT L.CLARKE

=====(ゴードンに送ったクラークの返事の訳:ここまで)=====



この手紙の内容から判断して、

若き日のクラウド・ゴードンも
多くの人々と同様のアンブシュアについての疑問や悩みを抱えていたことを
うかがい知ることができると思います。


また、

クラウド・ゴードンの最も有名な名言として知られる

『どのように、いつ、何を練習するべきか』、『金管楽器は、唇で吹くものではない』等は、

このクラークからの手紙がルーツであったことを
ゴードンが著書で自ら公開しているということもたいへん興味深い。

ハーバート・クラークがこの手紙で述べているとおり、
息を調節する能力を身に付けることは、
金管楽器の練習の98%を占めている

と私も大いに思います。



このクラークからゴードンへの流れに対して、

“ジェローム・カレのSuperchops”は、
一般的に相対するポジションとして認識されているのではないか
と私は感じていますが、(実際のところどうでしょうか?)。


しかし!!
私の考えは断じて違います。

私は、
『“ジェローム・カレのSuperchops”は、
クラークが述べている金管楽器の練習の98%の残り2%中の
ホンの一部の要素に過ぎない』
と考えております。

えぇ〜、たったの2%〜(しかも、その中の一部の要素)?!
とお思いでしょうか?

たとえパーセンテージは低くとも、
上手く利用することができるようになれれば・・・
その何百倍、何千倍の効果を体感できるものであると私は確信いたします。

また、
“ジェローム・カレのSuperchops”を実践・体感するためには
クラークが述べた98%を占める要素(息を調節する)が必要不可欠なものであり、
『けっしてクラークからゴードンの流れに相反するものではない』
というふうに私は考えています。



世間(やインターネット等)で起こっている様々な奏法に関する論争などは、
それぞれの流派を守ることに必死になっている輩共にまかせて
私たちは合理的に効率よく上達していこうではありませんか!!!!



とはいえ
“認定クリニシャン”などという肩書を与えられてしまったために
私は、
良くも悪くも色々な問題に直面することになりました。

トランペットに限らず、人生にはいろいろな“めぐり合わせ”があります。

私は、結果的にSuperchops認定クリニシャンになってしまいましたが、元々それを目指していたわけでもなく、また、なりたくてなったわけでもありません。

それこそ、ある種の“めぐり合わせ”のようなものが働いていたに違いありません。


ジェロームのレッスンについては前にも述べた通り、すべてが順調にいきました。初めのうちはジェロームのレッスンだけで上手くいったように思っていたのですが・・・

あとから考えてみると、大学卒業(5年)後の約3年間にやってきた積み重ねがジェロームのレッスンを受け入れるための準備を整えていた期間でもあったというふうに考えることができるのである。

しかしながら、

その練習を積み重ねていた期間中、将来に関する不安を抱きながら、何も分からずただひたすら目の前にある課題をこなしていく日々を過ごすだけで、まさか、その後にジェロームの弟子になるとは予想もできませんでした。

一定の練習期間を経てある程度の成果をあげてからニューヨークに行くことを思いつき、またジェロームにも出会うことができたという偶然に偶然が重なったと言わざるを得ません。


私がいったいここで何が言いたいのかというと・・・

もし、私が事前にジェローム・カレについての情報を持っていて、“クラウド・ゴードンで上手くいかなかった場合の保険”のような気持ちで、大学卒業後、何の準備も整えずにニューヨークに行きジェロームを訪ねたとしたらどうなっていただろうか?

“夢のような魔法の奏法”をただ受け身の状態で習うだけでなんとかなるというような自分自身に都合のいい見返りを期待しながら、もしレッスンを受けていたら私はどうなっていただろうか?

きっと現在の私(少なくとも喇叭吹きとしての私)は、存在すらしていないに違いありません。

その時々に自分自身がやるべきことを正確に判断しながら、着実にその積重ねを続けていくことができれば(たとえその時には見えなくとも)、あとになってからいろいろな要素が、まるで点と点が結びつくかのように引き寄せられ自分自身の力(エネルギー)として身についてくるものではないかと思います。

ハーバート・クラーク(クラウド・ゴードン)が述べている、“どのように、いつ、何を練習するべきかを理解すること”に通じていると思う。

これが、私がジェロームのところでたまたま上手くいった理由ではないかと思うのです。
とにもかくにも、ジェロームのレッスンは自分でも驚くほど順調でした。

しかし、実際問題もっと驚いていたのはジェロームだったのかもしれません。

なぜならば・・・

ジェロームは、よほど自分の論理が上手くいって喜ばしかったと見え、何を血迷ってか、約3年ほどの研鑚期間を経た私を認定クリニシャンにしてしまう程だったのですから・・・。

まぁ、私にとってはラッキーなことだったかもしれませんが・・・ジェロームにとっては・・・???
もしかすると、のちのち後悔されているかもしれません(笑)。



ジェローム・カレは、教本の中でSuperchopsについて

『このアンブシュアで吹くのは私が最初ではない。しかし、このアンブシュアを指導し、説明できるのは私一人である。』

のように述べています。



実は、ジェロームのところでは、元々Superchops認定クリニシャンという制度などありません。
もし、2002年以降にジェロームが他の誰かを認定していなければ・・・ジェロームのSuperchops認定クリニシャンは、(日本だけでなく)世界中で私一人だけなのです。(ウソのようなホントの話です。)

以上のことなどから、ジェロームが、私のレッスンの結果にたいして(要は、自分の論理の正当性が証明されたと判断して)、よほど喜んでいたのかをうかがい知ることができます。

またその結果、(もしかすると)血迷った判断をしてしまったのかということもうかがい知ることができます。ジェロームにしてみれば、のちのち自分が認定した弟子から(前に述べたとおり)ダメだしを喰らうことになろうとは、その時は想像もしていなかったであろうと思う(笑)。

それもこれも・・・・私にとっても、ジェロームにとっても、ある種の“めぐり合わせ”のようなものが働きかけられたからに違いありません。


当然のことながら、日本人でジェローム・カレに師事したのは私だけではありません。
スタジオ・ミュージシャンとしてご活躍されているY氏を筆頭に、これまでに結構たくさんの日本人プレイヤーがジェロームに師事していたと聞いております。


認定クリニシャンという資格・肩書(?)は、かつてジェローム・カレに習ったことがあるいう世界中の多くの人々と私とを差別化する上で大いに役に立ったということができると思う。

ただ単に同じ先生に習っていたという括りだけに入れられることなく、別のステータスを得たことになったわけですから・・・

また、そのおかげでマスコミ等でも採り上げられる機会が増えることにより私自身の仕事の幅が拡がったことも確かに事実である。

しかしながら、このようなメリットの半面、いろいろなデメリットに悩まされたことも事実である。

世間一般の人から見れば、私は、ジェローム・カレに忠誠を誓い、ジェロームのしもべとしてSuperchopsを布教して回っている人であるかのように映ってしまうことが多かったようだ。

その結果、私がおこなうトランペットのレッスンは、“Superchopsを教えるレッスン”であると認識されてしまうことが多かった。

またその認識が、そのうちに“Superchopsだけを教えるレッスン”というふうに徐々に発展していくのだからタチが悪い。

(*注*)私は、Superchopsだけを教えるようなことは断じてない!!当然、忠誠など誓っていないし、しもべでも何でもない!


一時期、私は喇叭吹きとして非常に偏ったポジションとして認識されていたようだ。
(もしかすると、今もどこかでそうなのかもしれませんが・・・)



ごく一部のSuperchopsのことをあまりよく思わない人たちからは、いわゆる“キワモノの奏法”のような認識をされていたのも事実のようだった。


私は、東京の大手楽器店のプロショップの管楽器教室の講師を長年務めてきておりますが・・・
(おそらく、いまや契約講師の中では私が最も古株の方になるかと思います)

私がそこで担当しているトランペットのクラスでは、その教室が主催する“クラシック・クラス発表会”の第2回目以降、ほぼ欠かすことなく生徒が出演し続けています。

なぜ、第2回目からなのだろうか?と思われるかもしれません。

第1回目が開催された時、私は既にそこの講師になっていましたが・・・残念ながら、声をかけてもらうことすらできなかったのです。

第1回目の発表会が終了したある日、そのショップの当時の店長に呼び出された私は1本のビデオを見せられました。

そのビデオは、第1回発表会のビデオでした。もう一人のトランペットの先生が担当するクラスの生徒さんたちの演奏を見せられたのです。

一通りビデオを見せてからその店長は、私に向かって

「どうですか?他のクラスの生徒さんの演奏は?」

と聞いてきました。

私は、他のクラスの生徒さん(つまりは素人さん)なので特に私が問題点を指摘する必要もないと判断して、

「一生懸命頑張っておられて、いいんじゃないですか。」

と答えた。すると、店長は私の思いもよらないことを切り出してきた。


以下、店長と私の会話です:

店長:「ところで、竹浦さんのところの生徒さんもこの程度の演奏ができますか?“キワモノの奏法”を習っているような生徒さんでもこのように吹けますか?」

私:「いったい何をおっしゃりたいのですか?」

店長:「いやねぇ、“キワモノの奏法”を習いに来るような生徒さんにはちゃんとした曲は吹けないってもっぱらの噂ですけどぉ〜」

私:「どういう意味ですか?ちゃんとした曲っていうのは、どんな曲ですか?」

店長:「いわゆるクラシックの曲ですよ。偏った奏法なんかに飛びつくような人には音楽なんかできないっていろんな人が言うので、第1回目は声を掛けなかったんです。もし、生徒さんができるっていうのであれば2回目から声をかけようかなぁ〜と思って」

私:「あのねぇ、その“キワモノ奏法”を看板にして生徒を集めて金を取っているのは、あんたのとこの教室でしょ。仮に私のことだけ“キワモノ”呼ばわりすることはエエとしてもやねぇ、生徒のことをそんなふうに言うことは許されへんで。」

店長:「それとこれとは話が別ですよ。商売の部分はべつにして、実際的に生徒さんが音楽(演奏)ができるのかどうかの確認ですから〜」

私:「私のクラスの生徒は、さっきのビデオの生徒さんには申し訳ないが、はるかに上手く吹けますよ!!第2回でそのことを証明して見せますよ!」

(この会話は、まぎれもない真実です。また、店長は今現在の店長ではありません。もう定年されています。)

この会話をみなさんはどう思われますか?失礼な話でしょ?私は、腹が立って仕方がありませんでした。


そして、第2回目の発表会には私のクラスから数名が参加しました。
第2回目には、第1回目に出演していたもう一つのクラスからは誰も出演しませんでした。

その後、店長がもう一つのクラスの先生に私の生徒の演奏のビデオを見せたそうで、

「“キワモノの奏法”の生徒でもこんなに上手に演奏できるのが信じられない。」

というコメントを残し、その教室の講師を辞められたそうである。



余談だが、のちに、その先生の後任として来られたトランペット講師が、吉本のお笑い芸人の山田花子さんの旦那さんの福島正紀さんである。(福島さんとは、現在、非常に親しくさせていただいております。)



この他にも数え切れないほどのエピソードがある。


以前にハイノートのデモンストレーションをよくやっていた頃、私は、“あんなハイノートが出せるのは凄いかもしれないけれど、きっと普通の曲は吹けないに違いない。”などと陰で言われていたようである(いつも後から誰かに聞かされて知る)。

一方で、ハイノート等のデモンストレーションをやめてクオリティの高さを目指し、生徒にもクラシックの楽曲などをレッスンに盛り込ませるなどし始めると、“昔はあんなに凄い音を吹いていたのに、最近は元気をなくしてしまったのかクラシックなんかを吹いている”のだそうだ。

どちらに転んでも何かを言われるみたいで・・・私は、いったいどうすればよいのか?困ったものである(笑)


何度も言っているが・・・

私は、なりたくて認定クリニシャンになったわけではない。

したがって、

ジェロームのためにトランペットを吹いているわけではない。
Superchopsを広めるためにトランペットを吹いているわけでもない。
(べつに私のような者が広めなくても、ジェロームは既に世界的に有名なのである!!)


私にとって一番の興味は、私自身の喇叭が上手になることである。

Superchopsは、上手になるために利用するべき手段の一つであって、それ自体が主になってはならないものであると考えています。

私は、Superchops認定クリニシャンとして、みなさんに“魔法の奏法”や何か神秘的なものとしてSuperchopsを教えるつもりは全くありません。

その時々の状況(必要性)により、上手になるために誰もが利用できるような、そんなSuperchopsを提供したいと考えます。

これこそが、決してなりたくてなったわけではないSuperchops認定クリニシャンとしての真の務めではないかと私は考えるのです。

さまざまな“めぐり合わせ”の中には、
私の事を後押ししてくれるようなアリガタイものも、
たくさんありました。

その中から二つ
ご紹介してこの項を閉じたいと思います。

まず初めは、私が大学2年の時(1983年)、クラウド・ゴードン国際ブラス・キャンプに一緒に参加されていた当時あったプロのビッグ・バンドの東京パンチョスに在籍されていたFさんとの“めぐり合わせ”です。



当時、大阪の田舎の音大生であった私にとってFさんは、“わぁ〜!東京のラッパのプロの人が来てはる〜!”と羨望の眼差しで見つめるような、まさにそんな雲の上のような存在に見えていた方だったのだ。

Fさんは、非常に熱心な方で世界中の有名な奏法に関して精通しておられました。当時の私にも丁寧にご指導いただけた記憶があります。

いろいろな奏法のお話を聞かせていただいているうちに、このような発言がありました。

『実はさぁ〜、俺ここ(ゴードン・キャンプ)へ来る前にニューヨークへ行ってたんだよ。ジェローム・カレっていう凄え先生がいるからって人から聞いて行ってみたんだよ。』

ジェロームは、当時マンハッタンの小汚いアパートの一室に五線にダブルハイCを象った表札を掲げて住んでいたらしい。(おそらく“Trumpet Yoga”という教本が出版された頃だと思う。)


アパートを訪ねたFさんにたいしてジェロームは、“おまえ、俺のところでトランペットを習いたいのか?”という感じで、いきなり強烈なハイノートを吹いて聞かせたそうである。

『いやぁ〜、ビックリしたねぇ〜。まるでジェット機のような音で吹いて聞かせるんだよ。あんな凄え音、今まで聞いたことなかったしねぇ〜。もう、すっかりまいってしまって、すんなり弟子になることにしたんだよ。』

それからジェロームのもとでのFさん研鑚の日々が始まったのだが・・・

『でもさぁ〜、しばらくのあいだ習ってたんだけどさぁ・・。(言葉の問題もあったのかもしれないけど)ラッパに関してどんどんワケが分からなくなってしまってさぁ〜。』

『ピエール・ティボーも習っていたとか、いろいろ聞かされて一応言いたいことはわかるんだけどさぁ〜。
でも、結局オレができなきゃ意味ないじゃん。あの人(ジェローム)は吹けるからいいけど、オレ結局出来なかったもん。』

Fさんは、ジェロームのもとを去り、その後さらにトランペットの名教師と呼ばれる人を訪ね歩いたそうだ。

そして1983年、私が一緒に参加したクラウド・ゴードン国際キャンプにたどり着いたのだそうだ。

このゴードン・キャンプを機にFさんのトランペットは再び軌道に乗り、その後のプロとしてのキャリアを積まれていったことは言うまでもない。


一方、私の方はというと・・・1983年、1984年と2年連続でゴードン・キャンプに参加したものの、、、(ただ行って参加しただけでは、それだけで上手になるハズもなく・・・)

どちらかというと悲惨な大学生活をおくっていた。

その頃の様子は、私のHPの下記のページに紹介しております(ご参照ください)。

http://www.rappa.co.jp/claudegordon.html
http://www.rappa.co.jp/lefthandedtrumpetandstudy.html
http://www.rappa.co.jp/yamagomori.html


大学卒業(5年)の時から約3年間、1日およそ16〜17時間の練習を重ねることによりかなりの成果をあげることができたのち、ニューヨークに渡り武者修行時代を過ごしている時のある日にチャールズ・コーリンからジェローム・カレを紹介され弟子入りし、1990年にSuperchops認定クリニシャンとなった。(前に述べたとおりである。)

私がジェロームに習っていた頃、ジェロームの指図されることすべてが簡単にできるような感じがしていた。
もっと早くに“ジェロームに出会っていれば・・・”と悔んでしまうほどでした。

しかし、その考えは実は間違っていて・・・それ以前の私が歩んできた道のりがあってこその成果なのだということは既にお話しいたしました。


1983年のクラウド・ゴードン国際キャンプからおよそ10年後のある日、私はFさんと群馬県前橋市の楽器店で再会することになったのです。

Fさんは、東京パンチョス解散後、主にミュージカル等のバンドで活躍されていました。

私の方は、パイパーズ誌にインタビュー記事が度々掲載され、全国各地でレッスンをやり始めて少し経った頃でした。

この項で述べている通り、Superchopsのレッスンのやり方に悩みだし、ジェロームと同じではなく私独自の方法を模索し始めていた頃でした。

まだこの頃は、吐き出す息の圧力の調節を身につけるためのエクササイズを盛り込みながらも、時折、大音量のハイノートのデモンストレーションをやって見せていたように記憶しています。

Fさんは実は、私がレッスンをやっていた群馬の楽器店の社長の高校時代の先輩だったそうで、パイパーズを読んで私がそこでレッスンをやっているということを聞きつけ会いに来てくれたのです。

実に10年ぶりの再会でした。

相変わらず熱心なFさんは、早速“私のレッスンを見学したい”と言いだされました。私は、その時の受講者(生徒)の許可を得てFさんに私のレッスンを見ていただくことにしました。

舌の位置や使い方に気をつけながら吐き出す息と連動させるようなことを中心に課題を進めていきながら最後は私のハイノートのデモンストレーションで締めくくるといったレッスンでした。

熱心にその様子を見ていたFさんは、こんどは“自分がレッスンを受けたい!!”と言いだされました。

そして私は、その楽器店の社長の許可を得て(次に順番を待っている生徒さんの承諾を得なければならないので)、恐れ多くもFさんのレッスンをやることになってしまったのです。

Kタング・モディファイドやタング・レベル(舌の高低)等、クラウド・ゴードンのようなアプローチは、Fさんにはもはや必要ないだろうと思った私は、思い切ってジェロームと殆んど同じやり方のレッスンをやってみることにした。(かつてのFさんがワケが分からなくなってしまったというやり方で・・・)

結果は、私がそれまでにやってきたレッスンとは明らかに手応えが違っていた。Fさん自身も相当に手応えを感じていただけたようだった。

しかしながら、かなり状態は良かったものの、私的には何かまだ不充分な感じがしていたので、FさんにKタングやKタングを織り交ぜたダブルやトリプルの複合させたものを試しにやってもらうことにした。

私の直感の通り、Fさんは、だいたいの技術的な点はクリアされていたが、Kタング等あとわずかの点に関しては、まだまだ不十分なところが残っていたようだった。(生意気なことを言っているようで恐縮ですが・・・)私は、Fさんの問題点を指摘しながらKタング等を吹いて見せました。

それから更にいくつかのKタングを織り交ぜた課題をやってもらってから再びジェロームのアプローチで吹いてもらったところ、明らかに最初に吹いてもらった時以上にサウンドが改善されたことがFさんにも私にも自覚できたのだった。とりあえず、Fさんにはとてもご満足いただきレッスンを終了することができた。

Fさんには、そのあと残りの私のレッスンが終了するのを待っていただきそれから飲みに出かけた。

飲み会の席で私は、レッスンのやり方についての悩みを思い切ってFさんに打ち明けてみることにしました。

するとFさんは、

『ジェロームの所ではオレはワケが分からなくなっただけだったけれど、今日竹浦君のレッスンを受けたらもの凄くわかりやすかったよ!ハイノートのデモンストレーションもジェロームよりインパクトがあったし、なによりあのKタングのデモンストレーションはビックリした。素晴らしいよ!!』

と私に言ってくださった。さらに、

『ゴードンのところで学んだことで固めた基礎からジェロームのアプローチにつなげることに成功し、しかもジェロームの問題点にまで気付き改善することができているのだからもうこれは、もはや竹浦君自身がたどり着いたオリジナルの奏法だよ!!』

と言っていただいた。そして、、、

『お互い習いに行ったところはゴードンとカレと同じなのにさぁ、順番が違うだけでこうも違うのかなぁ〜?何かの“めぐり合わせ”なのかなぁ〜?まさかあの時、学生さんだった竹浦君にこうやってレッスンを受けることになるとは想像もしなかったよ。』

『オレさぁ、オレのラッパはゴードンのところである程度たどり着いたと思ってやってきたんだけどさぁ、やっぱり常に進歩することを目指さなきゃ駄目だね。今日、オレのラッパは最後に竹浦君の奏法にたどり着くような気がしたよ。だから、オレは今から喜んで竹浦君の弟子になるよ!!』

というお言葉までいただいた(なんと恐れ多いことだ)。

また、この項でに書いたハイノートのデモンストレーションをやめて、生徒さんの目線に合わせ常に高いクオリティを提供できるようなハードルを自分自身に課すということについても賛同いただけた。

10歳ほど年下の私に“喜んで弟子になるよ!”なんて・・・もし、私が逆にFさんの立場だったら・・・同じようなセリフが言えるのだろうか?

私は、Fさんからトランペットにたいする真摯な態度と人間としての心の広さと器の大きさについてレッスンを受けたような気が今もするのです。

Fさんは、それから数年間にわたり私のレッスンを受け続けプロとしてのキャリアを更に積重ねていかれました。(その後、諸事情によりFさんは演奏活動を休止し現在に至っている・・・非常に残念です。)

もし私が、ゴードンのところへ行かず、またその後の練習期間も過ごさずしてジェロームのところへ行ったとすれば今の私は存在しなかったに違いないことは、誰の眼から見ても明らかに想像できると思う。

私は、Fさんとのこの奇妙な“めぐり合わせ”から学習することにより、誰もが上達できるような“良いめぐり合わせ”を提供できるような奏法に関する取り組みをしなければならないと強く心に誓うことになったのです。


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続いて、元九州交響楽団チューバ奏者の松下晃一さんとの“めぐり合わせ”についてお話しいたします。


松下さんとは、私がSuperchops認定クリニシャンになって福岡の楽器店でレッスンを始めた頃、一度お会いしていたのですが・・・九響のチューバの方であるという程度の認識でした。

まだその頃は、松下さんもSuperchopsにご興味がなかったようでした。

その後、しばらくしてから群馬の楽器店でレッスンをしていると店頭でバッタリと松下さんと再会しました。

「どうも、お久しぶり!」

と声をかけていただいた時、初め私は松下さんだと気が付きませんでした。(なんか似てるなぁとは思いましたが・・・でも、九州ではないし・・)


お話を伺うと、ちょっと前に九州交響楽団を退団され、東京と群馬を中心にフリーランスの活動を始められたばかりだったそうだ。

元々、群馬県前橋市のご出身だそうで、奇遇にもその群馬の楽器店の社長とは同級生なのだそうだ。

前のFさんもその社長の先輩だったし・・・その頃の私は、どうも群馬との“めぐり合わせ”が強かったのではないかと今思うのである。

「Superchopsについては、九州にいる時から知ってはいたんだけれど、その時はもう一つピンと来なかった。群馬に帰ってきたらここでレッスンをやっているというので、覗いてみたんです。」

ということでした。
また、松下さんは大変高いプロ意識を持っておられました。

「自分のウィークポイントを克服できるのであれば、たとえいくら張っても惜しくない、というのがプロというものじゃないかと思う。仮に新しい奏法を獲得して、以前より稼げるようになれるんであれば・・・ね。」

ということで、私は松下さんのレッスンをやることになったのです。

チューバはもちろんトランペット以外の方のレッスンをするなんて生まれて初めてのことでした。

「大きさが違っても同じ金管楽器として奏法の原理は同じだろうけれど、私はチューバのことはあまりよく知らないんですけど・・・」

と私が言うと松下さんは、

「トランペット中心に話してもらっていいよ!俺が勝手にチューバの価値観に変換するから。」

と答えていただき、何も気にせず私のペースでレッスンをさせていただきました。


レッスンは、まずSuperchopsの概念について説明し、既成の奏法との違いについて考えていただきながら“スピット・バズ”をやったのちに、実際に楽器でCスケールを吹いてもらった。

私が、ニューヨークでジェロームから初めてレッスンを受けた時とほぼ同じ内容だった。結果は、私の場合と同じく大成功で、松下さん自身もたいへん驚かれていました。

私が、認定クリニシャンになってジェロームと全く同じやり方だけでこのように上手くいったのは、唯一の例外として松下さんだけなのです。

(前のFさんも上手くいった方でしたが、ジェロームと全く同じやり方だけではありませんでした。)

松下さんは、その後、定期的にレッスンに来られ、メキメキと上達されていきました。(なんか失礼な表現になっているような気もしますが・・・)

なぜ、松下さんは上手くいったのでしょうか?

やはり、Superchopsに取り組む以前の“息の圧力の調節”をある程度以上のレベルで松下さんは、そのほとんどをクリアされていたからに違いないと思います。


そんなある時、松下さんにパイパーズ誌から取材の話が舞い込んできました。

『オケからフリーへの道 と同時に奏法も変えた!/松下晃一インタビュー』という記事がパイパーズ134号に載ったのである!!

この記事には、Superchopsにたいする取り組みや、オケをやめてまでチューバで追及したかったことなどが紹介されている。また、私が松下さんのレッスンをしているところの写真なども掲載されているのだ。

私のパイパーズ誌のインタビュー記事が出始めたのは、それから3ヶ月遅れの137号からであった。
(その後、138号、149号、184号、187号、188号、193号、206号に掲載されました。)

ジェローム・カレの初来日以来、日本では、特にプロ奏者たちの間では肯定も否定もしない静観派が大半でしたが、この松下さんの記事が出たことにより、一気にSuperchopsへの関心が高まり、パイパーズ誌もその後数度にわたって私の特集を組むようになったと言うことができる。

もし松下さんのような方が現われなかったら・・・日本においてSuperchopsは、現在のように知られてすらなかった可能性があります。Superchopsにとって松下さんは、いわば恩人のような存在かもしれません。

レッスンという形式の都合上、一応、私が教える側で、松下さんは習う側の立場でおこなってはいたのですが・・・

実は、私自身、多くの事柄を学ばせていただきました。(もしかすると、私の方が習う側の立場だったのかもしれません。)

まず第一に(既に何度も言っていることですが・・・)、Superchops以前に、やはり“吐き出す息の圧力の調節”を身につける必要性がある、ということです。

次に、“息の圧力”というと一般的に“楽器を息で満たさなければならない”というイメージを連想されがちであるが、実際問題、息自体で楽器が満たされているわけではないのだ。

息は、唇を通過する際にいわば振動に変換されているので、その振動が楽器の中を伝ってその楽器の音としてあらわれてくるのである。

トランペットのように小さい楽器であれば、“楽器を息で満たす”という考えになりやすいのではないかと思うが、チューバのような大きな楽器では、たとえ大男であっても一息で“楽器を息で満たす”ことは不可能であることは、誰の眼から見ても明らかだ。


Superchopsの教本の中にも以下のような記述がある:

『ダブルハイCを非常に大きな音で吹く場合、楽器にはほとんど息が流れていない。ということはあまり知られていないようだ。 〜 (中略) 〜多くの教師たちは「楽器を(息で)みたせ」と間違って教えている。(楽器にたいしてではなく)唇にたいして非常に強く吹くべきなのである。』



それから、息を振動に変換することが効率よくなるにしたがって、サウンドが改善されることは言うまでもなく、より少ない息の量で効果的に演奏することが可能になってくることがわかるようになるのである。

それにともないマウスピースへの考え方も変わってくるのである。

マウスピースはその効率が良くなった唇の振動を伝える単なる部品となり、だからマウスピースの大小は、振動を受けとめる間口の違いだけであって、必ずしも大きく深いマウスピースが即、大音量でイイ音をもたらすとは限らず、小さく浅いマウスピースであっても、極めて効率の良い振動が得られることにより充分な音量でかつ質の高いサウンドをもたらすことができる可能性が見えてくるのである。

チューバのような大きな楽器で、しかも松下さんのようにある程度以上のレベルで“息の圧力の調節”を身につけている方のレッスンをすることにより、上記のこれらのことが客観的に確認できたことは、私にとって非常に大きな収穫と言えよう。


その後、松下さんは多方面にわたってご活躍されていましたが・・・誠に残念なことに、2010年5月に肺がんのためお亡くなりになられたそうです。
(私は、このことをあとから人伝に知ったのですが・・・残念です。)

この場をお借りしてご冥福をお祈りさせていただきたいと思います。


最後に、もし機会があれば上述のパイパーズ誌134号の松下さんの記事を読まれてみては如何でしょうか?(そのついでに私の記事も見ていただければ幸いです)

おそらく、バックナンバーはなくなっているはずですが、パイパーズ編集部では、過去記事のコピーサービス(有料)をやっているようですので、読むことは可能です。ご興味のある方は、是非!!!

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